ぼくが考え、書いてきたこと。

2025/10/26(日)、新規開設。カテゴリー毎に読むのがお勧めです。

このブログについて(25/11/14版)

このブログを新しく開設して、そろそろ3週間になる。37件の記事を書いた上で、ようやく当ブログで自分が何をしたいのかがわかってきたような気がしてきた。

歴代のブログとnoteを通じて、私は恐らく4000件近くの記事を書いてきているはずだ。そのほとんどは閉鎖・削除などで現在ではアクセスができなくなっているし、何を書いてきたのかも忘れてしまっている(他の筆者さんたちもそうなのだろうか?)。試みとしてNotebookLMを通じて得た「概略」が、以下にまとまっているので、ご興味があればご覧いただきたく思う。

 

machinaka-book.hatenablog.jp

 

さてこのブログであるが、今まで書くことをためらってきたこと(信仰について)や、しばらくは回避してきたこと(リカバリーやメンタルヘルスについて)についても取り組みたいと考えている。そういった点において、このブログはある意味で「集大成」的な意味合いを持つのではないかと考えている。もっとも、「集大成にしよう」と考えたことが先にあって、諸々の論点に改めて取り組むと決めたという順序であるかもしれない。

それもあってか、このブログでは意図的に「だ・である」体で書いている。今まで書いてきたブログとnoteでは、ほとんどの場合「です・ます」体で書いてきたこととはだいぶ事情が異なってくると考えている。ご指導・ご支援を乞うものである。なお、当記事は25/11/14よりトップページへの固定記事として設定されていることを申し添えておく。

(本稿おわり)

 

ほぼ日手帳カズン2026の拡張作業

12月になってようやく、ほぼ日手帳カズン2026のマンスリーページが使えるようになった。少しうれしい。ウィークリーページとデイリーページについては、もちろん1月からの記載となるのだが、待ち遠しくて仕方がない。今回の記事では、そのほぼ日の機能拡張用として、「ジブン手帳」の分冊を導入しようと検討している点について書いていこうと思う。

そのジブン手帳の分冊であるが、以前購入したものの、使えないままで取っておいた「IDEA」と「LIFE」を援用していくつもりである。

 

 

ほぼ日カズンはA5サイズであるが、このジブン手帳の分冊はA5スリムサイズで、横幅が少し狭くなっている。しかし、カズンに挟み込むにはむしろちょうどいいくらいである。

なぜこの2種類を援用したいと考えたのか。カズンはダイアリーページは充実しているものの、フリーのページがやや手薄になっているからであり、翌年以降にまたがって使いたいページについて考えると、ページ数が少なくても分冊になっているものを差し替える方がいいという判断による。これは「IDEA」について言えることだ。

具体的に翌年度以降にもまたがって書こうとしていることとは、読みたいなと思いついた本の記録である。12/5時点で、既に53点の書名が挙がっている。もとより、この全てを購入したり読破できるものではないが、「次に読む」あるいは「次に買う」本の選択の参考とするためである。それでも図書館や書店での偶発的な「出会い」で入手に至るケースは考えられるのであるが。

あと考えられるのは、一旦書くという作業を通すことで、買おうとする衝動を一時的であっても沈静化できることへの期待もあることだ。

一方の「LIFE」は、個人史年表的なものが作成できるページが充実している。これは、生まれてから99歳までの100年分の「個人史」「家族史」「世界の出来事」が記入できるようになっている。これらの2種類を援用して、来年からは本格的にほぼ日手帳カズンを運用していきたいと考えている。

(本稿おわり)

 

 

安定的な睡眠を妨げるもの

私には精神疾患である双極性障害の他に、身体の問題である睡眠時無呼吸症候群との診断が下りている。一時的(でなければいいのだが)な回復傾向にある「冬季うつ」的な中で、しばらく過眠ないし傾眠という状況であった。そこに加えての睡眠時無呼吸症候群なのである。もう長い間「朝までぐっすり」という経験がない。

さらに加齢による頻尿というものまである。とにかく、昼夜かまわずトイレの回数が増えている。夜間トイレに起きてそのまま朝まで起きているということもある。つまりは、一回の睡眠時間が短く、寝起きの短いサイクルを一日数回繰り返しているというのが現状だ。

実はこの9月には、某大学病院の睡眠科を訪ねたのだが、「私は内科出身なので、まず精神科の先生のご診断をしっかり受けてください」「寝起きの習慣を見直して、リズムを確立してください」とのことで、ほとんど受診したメリットはなかったのであった。腹立たしい。

以下は、2017年9月に公開したnoteで、以後2回加筆をしたもので、私のnoteでは最も読まれているものだ。参考までに貼り付けておいた次第である。

 

note.com

 

【以下、追記】

一回の睡眠が短いため、寝起きのサイクルが短くなっている。ということは、長いまとまった作業ができないということだ。最近とみに文章が書けなくなっているのは、そのせいもあるかもしれない。

(本稿おわり)

 

現役参議院議員さん(一期目)宛てに書いた手紙

昨日(25/12/03)、公明党の国政報告会に参加して、終了間際に質問(と意見)を述べさせてもらった。それについて、参加された川村参議院議員に手紙を書いてみたので、以下に転載することにした。お読みくださると幸いである。

*       *       *

連日の公務・党務、たいへんにお疲れさまです。私は、過日報告会にお越しいただきました、N区△△支部の◯◯と申します。席上、「精神科医療」に関して意見・質問を述べさせていただきました。丁寧なご返答と、心温まるお言葉をちょうだいし、誠にありがとうございました。心から御礼申し上げます。

今回は御礼と併せて、当日は時間の関係で割愛させていただいた点について申し上げたくお便りさせていただいた次第です。しばしお時間をいただけますと幸いに存じます。

ご承知おきのとおり、2000年代以降は精神科を利用せざるを得ない方々が増え続けています。N区においてさえ、数年前のことではありますが、精神科の初診に数か月待ちという状況がありました(N総合病院)。Twitter(現・X)を閲覧している限りにおいても、その傾向は収まっているとは考えにくく、むしろ発達障害の当事者が増えていること併せて、若年層に患者が増えているように思われます。そして、発達障害について言うと「専門医」がまだ限られているというのが現状です。東京区部においてすらこの状況ですので、地方においては推して知るべしと言ったところでしょう。そのことが一点目です。

次が、席上でも申し上げました通りの、精神科通院歴の長期化=当事者の高齢化です。私はI区にあるM病院の精神神経科と併設のデイケア、及びN区の地域生活支援センターを利用しております。そこで見聞している限りにおいてですが、やはり利用患者の長期通院とそれに伴う高齢化が目立っていると思われます。現状、「社会」の側が「フルスペック」での社会復帰を望んでいると思われますので、勢い門戸が狭くなっているのだと思います。障害者雇用について、企業側に補助金を出す形での促しを行うだけではなく、より包括的に、スモールステップでの社会復帰、社会参加を構想できないものかと思っています。もとより、それは私の世代のうちに実現するものではないとは思いますが、理念を掲げることも政治の責務と考えるので、それこそ広範な議論を喚起していけるといいのではないかと考えるものです。

最後に、医療「だけ」ではなく、その周辺スタッフへの手当を充実させてほしいという点です。カウンセリングやオープンダイアローグ、当事者会等々、様々な経験が蛸壺的に集結してはいますが、それらを広く全社会的に還元する必要があると思っています。それにはそうした職務に就いている方々への手当の充当は不可欠であることはもちろんですが、利用者への手当も必要だと思われます。それは、保険適用とか補助金ではなく、利用者への還元という形が望ましいのではなかろうかとも考えている次第です。

以上、縷縷述べて参りましたが、意をお汲みくださいますと幸甚です。何卒よろしくお願い申し上げます。年末年始に向け、ご多忙のことと存じますが、どうぞお体にはお気をつけてくださいますよう。ご活躍を心からお祈り申し上げます。お読みくださいまして、篤く御礼申し上げます。

*       *       *

以上が「ほぼ」全文である。お読みくださり、感謝いたします。

(本稿おわり)

 

 

 

 

 

恒例の冬季うつ?

11/21(金)に精神科に通院した翌日から、昼間に起きて活動することがほとんどできなくなってしまった。12/2(火)までの間の11日間、ほとんど毎日10時間以上寝ていて、予定を何件もキャンセルしていた。

しかしこれは、最近始まったことではなくて、もう何年も繰り返されていることである。感覚的には、11月から2月、長いと5月の連休明けくらいまで、「調子が悪い」。なので、もちろん12月以降も油断なく過ごさなければならない。

これは、気分障害と類される疾患(うつ病や双極性障害など)の当事者に見られる「冬季うつ」という状態であろうと理解している。通院できる時にはそれなりにコンディションが整っているし、通えている時点で、調子が悪いのが「完了形」になってしまっている。なので、人の手を借りたいまさにその時には、「手を貸して」とは言えないことがほとんどなのではなかろうか。

もう少し細かく見てみたい。今年になって調子が盛り返したのは4月頃だとすると、その頃にはデイケアでのWRAP(=ラップ)や地域生活支援センター(=地活)等に通い始めていた。図書館にもよく通っていた。

この夏は記録的な酷暑だったので、いわゆる夏バテが長引いていたのかもしれない。つまりは、①長引いた夏バテ+②年度始めからの息切れ+③冬季うつのトリプルパンチを喰らった格好なのかもしれない(書いてみて気がついたことだが)。

これから年末年始という大きなイベントがあるが、健康な方々でさえ調子を乱し勝ちなので、疾患を抱えている者としては、なおのこと注意を払わなければならない。発症して何年も経っているのに、まだうまくこの時期をやり過ごすことができないでいる。悩ましい。

(本稿おわり)

 

 

一年単位じゃ、回転が早過ぎないか?

私が学部生だった頃、国際政治を専攻されていた先生に「将来本を書くようなことがあったら、5年は保つ本を書いてください」と言われたことがあった。昨今、出版のサイクル(と、本の「旬」)が短くなっているような気がしているからか、不意に思い出されたのだろうか。

周知の通り、出版点数は全体としてとても多い。注目した書き手の方による新刊も次々に出版されていて、いったい、どんな仕事ぶりをされているんだろうと思ってしまう。出たばかりと思っていたら、もう次の新著が刊行されている。どれから読むといいのか、わからなくなることもある。

杞憂であればいいのだが、一方で「廃れる」のも早くはなっていないかということだ。と同時に、一人ひとりにおける読んで消化するサイクルが撹乱されてはいないだろうかということもある。

人にはそれぞれの「読みたい時」や「読むべき時」がある。本と読者とは、出会うべき時に出会うのがよいと考えているものだが、いまの出版ペースは一人が読むにしては早過ぎるし、多過ぎるとも思っている。

例えば恒例の「本屋大賞」や「新書大賞」。これ、毎年出している必要はあるのだろうかと訝しくなる。それを、売る側の都合の一言では済ませたくはないとも考える。確かに、年齢を重ねてしまって時間が早く流れているように感じていることはある。しかしながら、「自分を保つ」ことにも配慮しないといけないのではないかとも考える。

そうであっても、今日もまた新しく「読みたい本」が増えていく。

(本稿おわり)

 

25/11/29(土)~12/2(火)の日記

  • 映画の「ネタバレ」あり。要注意。
  • 基本的には冬季うつ的な傾向にあって、昼間に起きられず、かつ長時間の睡眠をとっていた。
  • 12/1(月)、配信終了間際の『時計じかけのオレンジ』をAmazonプライムで鑑賞。今もって問題作。最新の「科学」で犯罪と暴力を矯正し、それを集票に利用としている政治家などが後半に出てくる。ラストで◯◯は解けてしまっていたのだろうか?

 

時計じかけのオレンジ (字幕版)

時計じかけのオレンジ (字幕版)

  • マルコム・マクドウェル
Amazon

 

  • 12/7(日)に参加予定の『いのちの初夜』(北條民雄)読書会のために、テキストを通読。12/1~2。

 

 

(本稿おわり)

 

公開インタビュー「メンタル疾患と読書」を終えて

25/05/22から一週間ほどかけてTwitterの投票機能を利用したアンケート結果を元として、7名様にご協力をいただいて、「メンタル疾患と読書」とした公開インタビューを実施した。詳細については、以下のnoteにまとめてあるので、ご覧いただけると幸いである。

 

はじめに
1)うまさん
2)たっかーさん
3)ちくわさん
4)こずっこさん
5)はるみさん
6)にゃおさん・上
7)にゃおさん・下
8)いもさん

 

改めて、ご協力くださった方々に深謝申し上げたい。

本企画は、メンタル疾患が主たる原因となって一度は本が読めなくなったものの、再度本が読めるようになった方々を募ってインタビューを試みたものである。

まず始めに伺ったのは、アンケート結果をどのように評価されたかという点であった。アンケートには、27名の方々がお答えくださった。メンタル疾患で本が読めなくなったことがある方を対象とし、回答には三つの選択肢を用意したシンプルなアンケートである。

結果としては、

①一度読めなくはなったものの、再び読めるようになった 56%
②今も読めないままでいる 40%
③本は読んでいなかったし、今後読む予定もない 3.3%

となっていた。

この各数字についてのご意見では、56%を意外(に多い)と見ていた方が多かった。個別に伺うと、まず27名が回答されていることが関心の高さを表しているとの指摘があった。また、40%の方が「読めない」状況でありながらアンケートに参加されていること自体が、その方々にとっては「読みたい」という切実な気持ちの表れではないかというご指摘もいただいた。

実のところ、私がインタビューを通して意図していたのは、「再び読めるようになった」という経験を集めれば、今読めなくて困っている・悩んでいる方々に、何かしらの参考になることが提示できるのではないかという点にあった。

さて、みなさんにお尋ねしたのは、以下の各項目である。

 

・企画に参加しようとした理由。
・発症したのはいつ頃であったか。
・発症前に読書ができていた時期はいつであったか。
・読めていた時の読書の傾向について。
・再び読めるようになった時期と、きっかけについて。
・読めなくなる前と後とで、読書の傾向は変わったか。
・インタビューに参加してのご感想について。

 

これらに加えて、Twitterスペースに参加されたリスナーの方との質疑が若干加わっている。

7名8件のnoteをまとめて思うのは、メンタル疾患からの回復の一事象として本が読めるようになることはあるが、そのきっかけについては、明確に自覚されてはいないということだ。つまり、「これをやったら本が読めるようになる」といった特効薬的なことは見出すことはできなかったのである。

代わりに浮き彫りになったのは、各位の創意工夫や「読書観」ともいうべきもののアップデートであったと考えている。

またこのインタビューは、ある意味では「リカバリーストーリー」の一環として読めるとも思っている。であるのなら、リカバリー「像」は各人各様であってしかるべきであり、本を読めること「だけ」がその指標になるとは言えなくなる。インタビューを読んだ方が、それぞれのリカバリー像を思い描くことに寄与できたのであれば、望外の幸いである。

(本稿おわり)