学生部員の頃の思い出
1980年代前半に、私は創価大学で学部生時代を過ごした。その6~7年ほど前、潰瘍(と聞かされていたが、癌だったかもしれない)で胃を部分切除していた祖母はすっかり回復していて、洪さんという台湾からの留学生(だったと思う)を家に連れてきたことがあった。
細かい経緯は覚えていないのだが、その洪さんや地域の創価学会学生部の年長部員たちを交えて、私の家で懇談の機会を設けたことがある。年長の部員が洪さんに私を創価大学の一年生だと紹介をし、創価大は海外の諸大学との交流も活発なのだと話をした。
しかし、手渡した出版物で、創価大と中国の大学との学術交流の記事、ことに中国の国旗を見かけた洪さんはそこから日本語を話さなくなってしまった。同席していた年長の学生部員が多少中国語を話せたのでその場を収めることができたが、以後、あまり洪さんとの行き来はなくなってしまった。それでも祖母は、その後もずっと洪さんのことを気にかけていた。
「あまり知られていないこと」なのか、「よく知られている」のかが私にはわからないが、日中の国交正常化(以前は「国交回復」と言っていたと思うのだが)には、創価学会や公明党の果たした役割は大きかった。創価大のサークル「中国研究会」は、学内でも大きなサークルとして知られていた。
そうした経緯もあるからだろう、今回の高市氏の発言(どころではなくて、「暴言」「妄言」のレベル)には、たいへん心を痛めている。指摘するまでもなく、中国は大恩のある国である。米も漢字も仏教も、みな大陸から伝えられたものだ。また、あれほどの蛮行を働いたにも関わらず、国家賠償はしないとしたのだ。そうしたことを忘れているのか、故意に無視しているのか。「良識」が復権することを望んでいる。
(本稿おわり)